Albatross on the figurehead 〜羊頭の上のアホウドリ


 BMP7314.gif 歌声のしずく BMP7314.gif


     9



そちらこそが いよいよの本宮、
島の山腹の神殿前にて、
大岩戸に蓋された聖なる井戸へ、
宝珠を輝かす聖歌を斉唱しながら、それを奉納する儀式を宵に控えて。
今年の宝珠と、それを授かった歌姫が選び出され、
表向きには いわゆるインターバル状態になったお祭りだが。
神官の皆様や名士の方々は、禊斎や何やでまだまだ忙しい。
神殿のある岩山の麓の奥向きには、
島の周囲を巡る海が食い込んでいる格好の、
入り江から続く洞窟があり。
そこへと設けられた白木の社にて、
歌姫や神官、世話役に巫女の少女らが、
その身を清めたり、聖水を飲み、精進もののお料理を食したり。
それらも決まりごととしてのしきたり、
神事の続きを着々とこなしておいで。

  そんなこんなは、当然のことながら
  神聖であるがゆえ、
  人の目に触れぬよう、粛々と進行されているのだが、

とある人々もまた、
周縁の島々からやって来た観光客たちと違い、
出店や様々なコンテストや
オークションの賑わいには見向きもせずに。
今日は夜中までを禁苑とされている神殿の岩山を、
疚しい身だからこそだろう、こそりと登っていたりする。

 「こんな明るいうちに登って、
  世話役なぞに見とがめられたりはせんか?」

何たって今宵催されるのは神様への奉納神事。
禊斎の仕儀を済まさぬと、
普通一般という無辜の存在でさえ、不浄扱いとされるのだ。
疚しい想いもて動いているなら尚のこと、
何かしらの神罰が下ることもあり得るやもしれない…などと、
まさかに本気で“神憑り”を恐れちゃいないが。
なんて罰当たりなことをと本気で思ってしまうよな、
見張りの世話役に見つかったら、それこそ不味くないだろかと。
こそり訊いたのが、一番恐持てな風貌のヘルメデス氏だというのが、
何とも微妙なやり取りになっているご一行。
こんな禁忌に障る行動のそもそもからして、
彼からの依頼を完遂するためのことだというに。
しかもその依頼というのも、
今日の神事で歌姫に選ばれてくれまいかというのはあくまでも建前。

 『もしも無事に選ばれたなら、その、なんだ。』

あんたたちは旅人であるのだ、
騒ぎになっても無事に島から出られりゃあそれで、
海軍規模での追っ手が掛かるほどの大それた後腐れもなかろうから、と。
脱出の手配は完璧にそろえてやるとの条件付きで、
何と、その宝珠を、
神事のクライマックスで井戸ではなくの客席へ放ってくれとまで
依頼されていたもんだから。
ただの縁起ものに過ぎない石、
どうしてそこまで欲しいのかと推察した末に、

 『昨日も申し上げたように、あなたの本当に欲しているものは、
  今宵の神事で岩戸へ放り込まれてしまう宝珠の、
  しかも機能だけ、なのでしょう?』

黒髪の美人さんがそうとずばり言い当てていたことをこそ、
どうぞお任せをと、請け負い直した美女二人…なので。
一見、彼女らの側こそ脅されての行動に見える組み合わせだというに、

 「大丈夫よ。」

こちらはみかん色の髪が闊達そうな印象をなお強めている、
若々しいグラマーさんが、表情豊かににっこりと笑い、

 「実は、昨日のうちに
  世話役の巡回の当番だの、
  見張りに立つ位置だのは調べてあるの。」

それと、意味深な顔して“○○時に渚まで来て欲しいな”とか、
その他いろいろな付け文を、
若いクチの見張りの何人かに こっそり渡してあるしと。
いやに自信満々に言ってのけるナミさんだったりし。

 「そんな曖昧な…。」
 「あら、なによ。現に、さっきの辻に誰もいなかったじゃない。」

アテになるのかと非難しかかったヘルメデスだったものの、
おっかぶせるよにナミから言い返されると、
事実であったがため、その意外さからだろう、
真ん丸なお顔へ驚きの気色を滲ませる。

 「居たのか、本当なら。」
 「そういうことvv」

アタシらの美貌も捨てたもんじゃないってねと、
わざとらしくも口許へ
シナを作った手を添えての、
ほほほと笑った航海士さんだったが、

 「…いい気なもんだよな、ナミの奴。」
 「まあまあ。」

実は俺らが先回りして、
誘惑の匂い、テンプテーション・フェロモンを振り撒きの、
何だなんだと持ち場から離れたところへすかさず、
濃度を上げたフェロモンを嗅がせて
一時的に昏倒させたの回収しただけじゃんよと。
それら一連のお仕事を担当していたウソップと
フェロモンを調合したチョッパーとが、
小さな声で囁き合ってた茂みの中だったりもするのだが。
(笑)

 「それにしても、そんな効くのか? このフェロモンとやら。」

作戦開始にあたって、まずはのこの小細工へは、
下準備の時間もないことだし、乱暴ではあるけれど…との前置きのあと、
一番 害のない薬品で搦め捕ってと言われたので。(ホンマに乱暴…)
小さな船医さんが頭をひねった末に選んだのが、
そんな“匂い”だった訳だけど、

 「条件にも拠るけどな。」

スノウタイガーの雌が発情期に出すエキスと、
化粧品の匂いとか混ぜただけなんだけど、

 「思春期後期の男の人なら、
  何だなんだっていう甘酸っぱい関心が起きる匂いなんだなvv」

 「…何だそりゃ。」

いやまあ、動物の世界では匂いってのが言葉の代わりだったりしますしね。
ただ、

 「じゃあ どうして俺らは反応せんのだ。」

さほど年齢差はないと思うがと、狙撃手さんから問われたのへ、

 「オレはトナカイだからだ」

そうと即答したチョッパーはともかくとして。


  「………………で?」

  さあ、此処で問題です。(こらー・笑)




     ◇◇◇



瑞々しい新緑も眩しい、
逆に言や、どの梢にも若葉がたわわで
見通しがやや悪くなりつつある木立の中を。
時々掠れる小道に沿って、
店から持ち出した地図を時々広げつつ、
結構登ったその末に、一行がやっと到着したのが、
岩場をそのまま利用してあるらしい、神殿前の祭壇で。
陽や潮風にさらされたせいでか、
すっかりと白くなった石柱が居並ぶ中、
本尊をそこへ納めているのだろう、石の祠が岩壁へ据えられた、
あくまでも自然を生かした構造構図の神殿へまで。
大きめの石の板を敷石として並べ、
何とか祭壇としての体裁は整っているものの、

 「普段から頻繁に礼拝だの催されてるって訳じゃないみたいね。」

神聖だということもあいまってか、
お祭りの日以外、あんまり人は踏み込まない場所なのだろう。
敷石の隙間からは、刈られたばかりの雑草の株の跡からだろう、
青々しい匂いが ツンと立ち。
歩みを進める不法侵入者らの気配に驚いたか、
小さめのトカゲがあわてて逃げ惑う。
そんな小さきものがのんびり陽なたぼっこをしていたくらいで、
無愛想な石積みの神殿とやらもまた、
人の気配はまったく感じられない無人状態となっており。

 「此処まで無人なのはどういうことだ。」

ここまでの道程に見張りがいなかったのは、
今時の青二才が どこまで緩んでいるのやら、
ナミがばら蒔いたという艶文のせいかも知れないが。
ここだけは そんなものが利くような甘い現場じゃあないはずと。
くどいようだが、
そんな場を だというに掻き回せと依頼したも同然な張本人様が、
なんでどうしてと不審と不安を混ぜたような調子で訊いて来るのが、

 “小心者すぎやしませんか、だわよね。”

世界的な宗教の、しかもメッカでの催しとは程遠い、
せいぜい お祭り騒ぎの核に過ぎない、小さな島の小さな神事。
1年分の実入りにあたろう結構な稼ぎを目当てに、
牛耳ろうとするとかどうとか、ワルなら企んでもいいところだろうに。

  神事を冒涜したらば天罰が下るんじゃなかろうか…と

もしかして そこを恐れているんじゃなかろかと思わせるよな、
及び腰な言動ばかりが飛び出す彼であり。
何なの、このおじさんは…と、
怪訝そうに眉を寄せるナミに代わって、
今度はロビンが応対を受け持つ。

 「ここに詰めていた人たちは、
  今日という1日だけとはいえ、神様への護衛官ですものね。」

例えがいきなり日本の話で恐縮だが、
例えば祇園祭の稚児さんは、
神様を祭る“引き山”に乗ることや、刀を扱う立場になることや何や、
本来だったら大人でも特別な許可が要ることを たんとこなすため、
祭りの間だけという特別に、神様からの“位”を授けられる。
地位ある存在だから、いろいろな“特待”を許されるとしたワケで。
それはまるで、大型バイクの免許で
普通車はもとより大型トラックまで運転出来るという
“限定解除”の特例に似ている…かもしれない。(こらこら)
このお祭りの世話役や係の人らも、
恐らくはこの日だけの特例、
もったいなくも“衛士”だの“守護”だのという
地位なりお役目なりを授かったに違いなく。
そんな誉れのお陰様、
常になく きりりと緊張もしているだろうし
折り目正しい振る舞いも、平日比 68%くらいは増えているはずで。

 「さすがに、張り番と同じ小細工で動いてくれる筈もない。
  それは私たちも承知していたわ。」

なのでと続けつつ、彼女がすいと持ち上げた手には、
ネダリオン型のバックルのような、大きめの時計が、
丁度ナミが肌身離さずつけているログポースのように、
ベルトでくるんと巻き付けられていて。

 「ちょっぴり せわしない上に無謀な策ではあるけれど。
  島の長老へのご神託が下されたので、
  ありがたいそれを全員で聞きに来なさいと、
  ほんの数分ほど前に、
  これもこの島に伝わる慶鳥の声でキーケークーと伝えたの。」

 「ほんの数分ほど前の話…って。」

どうして一緒に登って来た彼女に可能だったのかと。
そこは大人だ、さすがに惑わされることなくのおいおいと、
鵜呑みには出来んぞとの反駁を返しかかったヘルメデスだったが、

 【 ゴシンタク、ゴシンタク。シマオサの声ヲ聞ケ。】

どこからか、喉が裏返ってそうなほども高い声がし、
そんな言いようを紡いで消えた。
ギョッとして周囲を見回すヘルメデスへ、

 「これは特別製の電伝虫で、
  話し声をまるきり別人の声に変えてくれるのよ。」

バックル部分を開けると、そこに現れたのが濃色の小型携帯電伝虫。
それへと話しかけ、
この神殿のどこかに隠したもう一方をスピーカー代わりに
詰めていた皆へと聞かせた彼女だったらしく。

 「本物の儀式は宵に行われるのでしょう?
  それが終わるまで待ってる必要はなく確かめられることだし、」
 「神事の前に、アタシたちは出発したいのよね。」

微妙に無礼講状態なのも恐らくは今宵まで。
海軍の駐屯地から派遣されている哨戒の船だって、
祭りにとやって来た船の数が数ですもの、
その出入りへの臨検は緩いはずだから、と、
ナミがそんな“こっちの都合“を並べている間にも、
ロビンの方はジャケットの胸ポケットから、
変則フォークを思わせるような、
上下左右の四方へ切っ先が分かれている銀色の金属ツールを取り出して、

 「この音叉で、すべては方がつきますことよ?」

ちゃっちゃと動いてちゃっちゃと済ませれば、
そのまま ちゃっちゃと終わると言わんばかり、
何のCMに使っても無敵じゃないかという。
麗しい中にも蠱惑の妖しさ滲ませた、
絶品の笑顔を見せたロビンだったりしたのである。





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 *あああ、説明ばっかで進まない。
  気がつきゃ妙に長編化してないか?
  眠さのあまり、くどい文章ですいません。


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